標題の件、観て参りました。

インプロヴィゼーションの要素の濃い、最高に素晴らしいステージでした。詳細はあまり書きませんが、井上銘さんの曲、小沼さんの懐かしい曲、メジャーなジャズスタンダードからちょっとマニアックなジャズの名曲まで聴けてとても楽しかったです。
 


ところで、二人の偉大なギタリストを観ながらふと思わされたことがありました。

「あ、僕も今からセッション楽しんじゃおう」

ということです。
 

僕は、ステージ上でほぼフリーハンドと言っていい感じで、その瞬間瞬間で粋な芸術を創り上げて、観客の心をこれでもかと揺さぶる2人のアーティストに強烈な嫉妬の感情を覚えました。(メジャーリーガーに嫉妬する少年野球生みたいですが...)
 

その瞬間芸術をライブで目撃して自分自身楽しみながらも、一方で「こういうことめっちゃやりたいけど、今世では無理だな。でも来世も人間に生まれてくるかな?」と絶望的な気分になったのですが、「本当に無理かな?........いや、てか、ユーも今のレベルであっても別に楽しんじゃえばいいんじゃないの?」と思ったのです。




Keyは2つあります。


1つめ。

小沼さん、銘さん、両名が本当に楽しそうだったこと。


僕は未だにキーネーシス的な考え方をしてしまっていると気づきました。このブログでも何回もキーネーシス/エネルゲイアの事は書いていることを覚えているのですが。つまり、今の自分は未熟で、不完全であると。よく例えられるのは登山ですが、キーネーシス的な考えとは、山頂にたどり着くことが目的だからそれまでの道中は単なる過程で、エネルゲイア的な考えとは、道中の風景、食事、出会い、全ての過程が登山であるという考え方です。きっと僕はまだキーネーシス的な考えが抜けないから、セッションに行くのもビビるし、人とセッションする時も自分のミスやできないことばかり気になるし、縮こまるし、という感じなのでしょう。


誰かとセッションする時、特に上級者とやる時は、たぶん無意識に「うまいことやらなきゃ」と思ってるんです、僕。何か「正解」「模範回答」を探している自分がいる。そう、学校のテストのように。「ジャズとはこうでなくてはならない」「コーダルにソロをとらねばならない」「バッキングはこうでなくてはならない」などなど。自分の演奏を善し悪しで評価してるんです。


もちろんそういうのも大事だとは思います。そうでないと成長しませんからね。


でもそれと同じくらい重要なのは、自分が一人のミュージシャンとして、一人の人間として、その瞬間を本気で楽しんでいるかどうかな気がしました。


偉大なギタリスト2人はたぶん上手く見せようとか、ここはこうでなくてはならないとか、そういうことから一切リリースされている気がしました。それよりも2人及びお客さんを含めた会場全体で楽しいことをしよう、美しいものを創ろう、というピュアなモチベーションな気がします。2人は呼吸をしているし、お互いの呼吸を感じていたように見えました。




2つめ。

井上銘さんは独自の音を持ってる。

当然と言えば当然なのですが、同じジャズギタリストだけど、小沼さんとは全く違うんです。銘さんがギターで創る美しくてピュアな世界に自分も感化された気がします。本当に綺麗でした。とてエモに揺さぶられました。

そこで、ミュージシャンにとって最も大事な事は、自分の音を持っていることかもしれないと思いました。普段練習しているときは、リズムが合ってるか、音が合っているかなど、いかに正しく弾くかということを目指してしまいますが、その先にあるのは、先生か誰かに丸をもらうことではなくて、自分の音を追求することであるということを忘れたくないなと思いました。


そして自分の音を追求するには、まず自分の「好き」を集めることかなと思います。いい演奏を聴く、グッと来たらそれがどうなっているのか分析して、再現性を高める。

あとは自分の演奏を分析すべきっていうおもしろい意見をツイートで見たのを思い出しました。これも自分の音を確立していくために重要なことかもしれません。



以上です。


この気づきがあったからと言って普段の練習のやる項目としては変わりませんが、内なる意識が変わるといいなと思います